2012年11月29日木曜日

同世代のインディペンデント、長岡ローカル・蕗くん

先日、新潟県長岡市のグラフィックデザイナー吉楽蕗くん(GALLERY FUKI & KRAK OFFICE.)を訪ねました。

様々な人が彼の人柄を慕って事務所を訪ねています。そこで、LIFE-mag.の取扱をお願いさせていただきました。ありがとうございます。

蕗くんは店舗内外装からホームページ、名刺に至るまでのデザインや制作を行っています。訪ねた際に、長岡市内で見られる作品を回ってもらいました。その写真を以下にアップします。規格化された店舗デザインよりも、経営者やデザイナー、そしてそこに集うお客さんが作るお店のデザインというのは見ていても楽しいです。そういったひとつひとつの活動が街をより面白くしていくようにも感じました。

SPICY DOG(長岡市東坂之上町2丁目)

UP'S(長岡市東坂之上町1丁目)

Barber & SHOP NOBLE(長岡市旭町2丁目)

Carnet(長岡市山田2丁目)


ブライダルフリーマガジン ラブ

蕗くんの事務所にて




2012年11月26日月曜日

『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』の中の往来堂書店


嶋浩一郎さん(博報堂ケトル代表取締役)の『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』に往来堂書店さんに言及している箇所を発見です。

 このような創造を刺激する陳列方法として、圧縮陳列以外にも「文脈棚」というものがあります。
 これは東京ー千駄木にある「往来堂書店」の有名な本の陳列方法で、「雑誌」や「文庫」や「大型本」といったこれまでの本の整理法をいっさい無視して、その本のテーマにそって陳列するやり方です。
 同じないし似たテーマであれば、漫画だろうが学術書だろうが隣り合わせ。これを人間にたとえていうならば、同じ職業でひとつのグループをつくるのではなく、同じ興味でひとつのグループをつくるということでしょうか。
                                             ┛

一見、雑多なものの中から新しいアイデアは生まれる。情報と本屋をめぐる考察でした。
私の身近な例で言うと、飲み会を開くにしても様々な職業の人達が集まった方が楽しい気がします。小学校の頃のクラスみたいに、いろんなやつがいるカオス。楽しかったな(笑)

山口幹文さんコンサート@砂丘館、大山治郎コレクション美術館

1215日()に砂丘館(新潟市中央区)にて山口幹文さん(篠笛・真笛)のコンサートがあります!
午前はワークショップ、午後から二回のコンサートです。チェンバロとの美しい音色の共演をぜひ。

また翌日、1216日()は大山治郎コレクション美術館(燕市井土巻)にてコンサートです。会場はビストロ&cafe六朝館の隣です。カフェと美術館のコレクションにも合わせて注目です。


[詳 細]http://www.kodo.or.jp/news/20121215motofumi_ja.html




2012年11月24日土曜日

村上春樹初期作品

先月から友人の薦めで村上春樹さんの初期作品を3作読んでいた。
読みながらその情景がありありと目の前に広がっていく描写のうまさ。ぐいぐいと引き込まれた。
物語が父権的な展開にならずに、母系的な展開だと感じた。私の思う父権的というのは、読み手に単一の解釈を与えるような意味。反対に母系的とは、読み手ひとりひとりの解釈の自由度を包み込むような意味。
隙間時間などの気分転換にオススメですよ〜。




読書メモ
─────『1973年のピンボール』村上春樹(講談社文庫)の冒頭

 見知らぬ土地の話を聞くのが病的に好きだった。

 一時期、十年も昔のことだが、手当たり次第にまわりの人間をつかまえては生まれ故郷や育った土地の話を聞いてまわったことがある。他人の話を進んで聞くというタイプの人間が極端に不足していた時代であったらしく、誰も彼もが親切にそして熱心に語ってくれた。見ず知らずの人間が何処かで僕の噂を聞きつけ、わざわざ話しにやって来たりもした。

 彼らはまるで涸れた井戸に石でも放り込むように僕に向かって実に様々な話を語り、そして語り終えると一様に満足して帰っていった。あるものは気持良さそうにしゃべり、あるものは腹を立てながらしゃべった。実に要領良くしゃべってくれるものもいれば、始めから終わりまでさっぱりわけのわからぬといった話もあった。退屈な話があり、涙を誘うもの哀しい話があり、冗談半分の出鱈目があった。それでも僕は能力の許す限り真剣に、彼らの話に耳を傾けた。

 理由こそわからなかったけれど、誰もが誰かに対して、あるいはまた世界に対して何かを懸命に伝えたがっていた。
 

─────『羊をめぐる冒険』村上春樹(講談社文庫)より印象に残った部分

 僕は羊が羊博士を離れたあとの話をした。羊が獄中の右翼青年の体内に入ったこと。彼が出獄してすぐに右翼の大物になったこと。次いで中国大陸に渡り、情報網と財産を築きあげたこと。戦後A級戦犯となったが、中国大陸における情報網と交換に釈放されたこと。大陸から持ち帰った財産をもとに、戦後の政治・経済・情報の暗部を掌握したこと、等々。

「私も時々何かを探すことができればと思うんです」と支配人は言った。「でもその前にいったい何を探せばいいのかが自分でもよくわからないんです。私の父親はずっと何かを探しつづけてきた人です。今でも探しつづけています。私も子供のころからずっと父親に、夢に出てきた白い羊の話をきかされてきました。だから人生というのはそういうものなんだと思いこまされてきたんです。何かを探しまわることが本当の人生だという風にです」

 そんなわけでこの開拓地にはその後しばらく名前さえなかった。六十キロ四方に人家のない(あるいはあったとしても交際を望んでいない)部落には名前などそもそも不必要なのだ。明治二十一年に道庁の役人がやってきて開拓民全員の戸籍を作り、部落に名前がないのは困ると言ったが、開拓民たちは誰も困らなかった。それどころか開拓民たちは鎌やくわを持って共同小屋に集まり、「部落には名前をつけない」という決議まで出した。役人は仕方なく、部落のわきを流れる川に十二の滝があったことから「十二滝部落」と名付けて道庁に報告し、それ以降「十二滝部落」(後に十二滝村)はこの集落の正式名称となった。しかしもちろんこれはずっと先の話である。明治十三年に戻ろう。

「なぜ最初から場所を教えてくれなかったんですか?」
「君に自発的に自由意志でここに来てほしかったからさ。そして彼を穴倉からひっぱりだしてほしかったんだ」
「穴倉?」
「精神的な穴倉だよ。人は羊つきになると一時的な自失状態になるんだ。まあシェル・ショックのようなもんだね。そこから彼をひっぱり出すのが君の役目だったのさ。しかし君を信用させるには君が白紙でなくてはならなかった、ということだよ。どうだい、簡単だろう?」
「そうですね」

2012年11月23日金曜日

談志の田んぼライトマークプロジェクト2012(水と土の芸術祭市民プロジェクト)

私の地元である新潟市西蒲区岩室地区にて行われた、「談志の田んぼライトマークプロジェクト2012(水と土の芸術祭2012市民プロジェクト)」を見てきました!

生前、岩室の田んぼに通った談志師匠の一周忌に合わせて開催されました。夜空へと立ち上がった3本の光は、天国の談志師匠に届いたでしょうか。

久々に星空を見上げていたら、流れ星も見ることができました☆彡

芸術祭の会期も残すところ1ヶ月です。ひとつひとつのプロジェクトがあらためて新潟の街を見返すきっかけになっています。運営スタッフの皆様、ありがとうございます。最後まで体調崩さず頑張ってください!







2012年11月22日木曜日

地元応援クラウドファンディング FAAVO新潟

この度、「地元応援クラウドファンディング FAAVO新潟」において『LIFE-mag.【燕三条編】』の取材運営費の支援を募らせていただくこととなりました。

運営会社である株式会社サーチフィールドの齋藤さん、松岡さん、岡田さんよりご提案、お世話になり内容を作成いたしました。ありがとうございました。

クラウドファンディングという新しい取り組みを行うこのプロジェクト自体にも注目です!(http://faavo.jp/about

新潟発の企画がインターネットを通して、県内はもとより全国の方々に届くよう願っています。

ご支援いただけますよう何卒よろしくお願い申し上げます。


━━━━━以下にFAAVO新潟サイトの転載━━━━━
━━━━━支援の応募は本サイト(http://faavo.jp/niigata/project/19)より受け付けております━━━━━


このプロジェクトについて

FAAVO新潟の皆様、はじめまして。
私、小林弘樹は各分野で活躍する新潟人を紹介する雑誌『LIFE-mag.』の編集長を務めております。とは言っても、編集部には私しかいないため、取材、撮影、デザイン、営業、経理、広報など、雑誌を制作し出版する上での作業は全て一人で行っております。

『LIFE-mag.』とは

『LIFE-mag.』とは、芸術、芸能、産業、政治、音楽など、あらゆる分野で活動する新潟人を取材し紹介している自費出版の雑誌です。ひとつの地域の中にいかに多様な生き方があるのか、様々な職種の人をひとつの媒体にパッケージし、発信しているものです。
また、「インタビュー」形式を取って、なるべく相手の言い回しを換えることなくそのまま掲載しています。「編集しない編集方針」で、掲載者の語り口、その温度を残しています。
最新号の【佐渡編】では、知り合いの知り合いの家に数か月滞在して取材を重ねました。短期間でもその土地に暮らし、食べ、出会いを繰り返し、様々な縁を辿ることによってしか出来ない取材もあると思ったからです。


>>>【佐渡編】で取材させていただいた相田忠明さんが所属する「新穂中央青年会」の鬼太鼓。「鬼太鼓inにいぼ/朱鷺夕映え市」にて。

2年の休止、そして再刊へ

25歳の創刊当初、熱い思いが先行しすぎて、続けるための「事業化」するという視点が欠けていました。それにより実は過去、Vol.004まで出版したのち、資金面から休刊せざるを得なくなったという苦い経験があります。休止期間を経て2012年1月、再刊を決意。4月より【佐渡編】の取材を開始しました。

LIFE-mag.の一部をご紹介いたします。


芸能に生きて三十年(画面左の記事の文章です)
鼓童創設メンバーのひとり山口幹文さんへのインタビュー。入座のきっかけ、30年を越す活動の中で感じてきたこと、考えたこと、そしてこれからの活動と佐渡のこと。「鼓童創設期の大変な時期にも悲壮感はなかった。お金がないってのも楽しいもんです」ときに戯けてみせる。全国の郷土芸能の担い手こそ師と仰ぐ山口さん。その活動の軌跡の一端を、ここで一緒に駆け抜けてもらいたい。
(続きは、LIFE-mag vol.5よりお読みいただけます)

谷川俊太郎さんからの励ましの言葉

休刊後も、再刊を待望する声や、応援の声をいただくことが何度もありました。特に再刊の決め手となったのは、詩人・谷川俊太郎さんから頂いた「これは雑誌の王道だと思うよ。毎回楽しみにしていたんだ」という言葉でした。休刊を通じて自分を認めてくれていた人がこんなにいたのかと改めて気づきました。そして、Vol.005でも地域にしっかりと根を張り活動する人たちの声を集めようと取材を再開しました。


>>>谷川俊太郎さんと。「新潟・市民映画館シネ・ウインド」に映画「ヤーチャイカ」上映記念トークの懇親会にて『LIFE-mag.』をお渡しした。2008年12月19日。


>>>【佐渡編】で取材させていただいた渡辺啓嗣さんのトークライブ。読者が掲載者、作り手と直接つながることが出来る場をこれからも作っていきたい。

新潟人による新潟人を紹介する雑誌運営をご支援ください

つきましては、次号の出版費、そして今後のLIFE-mag.の運営費の募集をFAAVO新潟にて募らせて頂ければと思います。
皆様より頂いたお金は大切に使用させて頂きます。
募集金額以上に集まったお金も、雑誌出版の際に要される出費へ充てさせて頂きます。
また、全額使用するまで、毎月の活動報告をメールにてお送りさせて頂きます。

リターン品一部

LIFE-mag.や現在取材中の燕三条へより親しみをお持ちいただけるよう、
以下の品をご用意いたしました。
過去に出版したLIFE-mag.を1冊づつ、今回の新作と併せ合計6冊お贈りいたします。
次号の取材先である燕三条産品のぐいのみ2P 内面24金メッキ 桐箱をお贈りいたします。

これからの抱負など

まだまだ小さな活動ではありますが、これまで通り丁寧な取材を重ねよりよい誌面を作っていきたいと思います。同じ新潟県内の人に知ってもらうことも徹底しつつ、少しずつ全国へとその認知度を広めていく活動も出来たらと考えています。『LIFE-mag.』を通して全国の人が新潟の魅力を知り、翻ってはそれぞれが暮らす地域の魅力を再発見することに繋がればと思います。
人の一生は、有名無名を問わずドラマの連続です。一地域に溢れる多様な生き方に触れることで、読者自身の回りにも溢れる豊かな生き方に気づくきっかけとなれるよう精一杯活動してまいります。


>>>【燕三条編】の取材を開始するにあたって友人、知人の方々と一緒に飲み会。ここから縁を手繰るように取材を重ねていく。

ご支援の程、何卒よろしくお願い申し上げます。

LIFE-mag. 小林弘樹

【リターン品】
◎リターン品のLIFE-mag.へ、ご希望の方へは編集人小林のサイン入りでお送りさせて頂きます!

◎500円
編集人・小林からの御礼メール

◎1,000円
編集人・小林からの御礼メール
LIFE-mag.vol.006【燕三条編】一冊プレゼント

◎3,000円
LIFE-mag.vol.006【燕三条編】三冊プレゼント

◎5,000円 
LIFE-mag.vol.006【燕三条編】一冊プレゼント
創刊号〜Vol.005までバックナンバー全号プレゼント

◎10,000円 



ぐいのみ2P 内面24金メッキ 桐箱
LIFE-mag.vol.006【燕三条編】一冊プレゼント
創刊号〜Vol.005までバックナンバー全号プレゼント

◎30,000円 / LIFE-mag.へ広告を出稿する!
LIFE-mag.vol.006【燕三条編】へ名刺サイズ広告の掲載(掲載内容、ページについては要相談)
LIFE-mag.vol.006【燕三条編】一冊プレゼント
創刊号〜Vol.005までバックナンバー全号プレゼント

◎30,000円 / 燕三条をもっと楽しむ!



創業一八十六年、無形文化財 鎚起銅器 玉川堂による、
ぐい呑み(大) ※写真のぐい呑みいづれかをひとつ、お贈りいたします。
LIFE-mag.vol.006【燕三条編】一冊プレゼント
創刊号〜Vol.005までバックナンバー全号プレゼント

◎50,000円 / LIFE-mag.へ広告を出稿する!
LIFE-mag.vol.006【燕三条編】へ1/2面広告掲載(掲載内容、ページについては要相談)
LIFE-mag.vol.006【燕三条編】一冊プレゼント
創刊号〜Vol.005までバックナンバー全号プレゼント

◎50,000円 / 燕三条をもっと楽しむ!



創業一八十六年、無形文化財 鎚起銅器 玉川堂による、
ビールカップ(大) 各 胴高115×口径70mm
※写真のビールカップいづれかを1個、お贈りいたします

LIFE-mag.vol.006【燕三条編】一冊プレゼント
創刊号〜Vol.005までバックナンバー全号プレゼント

◎100,000円 / LIFE-mag.へ広告を出稿する!
LIFE-mag.vol.006【燕三条編】へ一面広告(掲載内容、ページについては要相談)
LIFE-mag.vol.006【燕三条編】一冊プレゼント
創刊号〜Vol.005までバックナンバー全号プレゼント

◎100,000円 / 燕三条をもっと楽しむ!



創業一八十六年、無形文化財 鎚起銅器 玉川堂による、
ラージカップ 各 胴高 145×口径70mm 
※写真のラージカップいづれか1つをお贈りいたします。
編集人小林から、直筆のお礼のお手紙
LIFE-mag.vol.006【燕三条編】一冊プレゼント
創刊号〜Vol.005までバックナンバー全号プレゼント


【Niigata Interview Magazine LIFE-mag.】
代表:小林 弘樹
住所:〒951-8126 新潟県新潟市中央区学校町通三番町555-9
tel&fax:025-378-3258
wed:http://www.life-mag.com
mail:niigata@life-mag.com

2012年11月17日土曜日

「愛らんど畑野だより」佐藤美恵子さん取材にて 2

前項のブログ記事に引き続き愛らんど畑野さんの会報より。

(「愛らんど畑野だより」第9号 平成15年7月25日発行)から転載させていただきます。

佐藤さんインタビュー時にLIFE-mag.撮影

「仲 間 達」 代表 佐藤 美恵子


 “愛らんど畑野”も開所して3年を迎えています。

 最初の目標は、作業より、ひきこもりになっている人達も含めて全員が楽しく毎日通所できる手助けをする事でした。
 朝「おはよう」と声をかけても他人事のように知らん顔をしている人、また、中々自分から声を出せず、話をしても入所の仲間ではなく指導員や大人の人達、そして言われたことしか出来なかった彼等、そういった人達が2年を過ぎた今は、大きく変わりました。
 ひきこもりになっていた人は、安定して自分から通ってきています。いつも下を向いてばかりしていた人は、相手の目を見て話をしています。
 また、指導員に言われなくても、自分から進んで何事にも意欲をもって行動しています。等々・・・変わった点が沢山あります。
 そして、私が何よりも嬉しく思っていることは、入所者達がお互いに冗談を言い合い、肩を叩き合う底抜けに明るく笑う大きな声の中に、助け合い温かく振る舞う本当の仲間意識が出来てきたことです。
 初めての作業所、また一人一人が異なる障害をもつ入所者達、全てが新しい経験の中、このように軌道に乗りつつあることは、渡辺所長さん、金子指導員さんの優しい気持ちと、入所者に惜しみなく注がれる愛情のお陰だと心より感謝しております。
 3年目に入り、田宮指導員さんも加わり、指導員が3人になって、より一層「一人一人の能力や希望に合わせて、安全で充実した作業所」作りに向けて歩き出しています。
 まず、親である私自身がしっかり勉強し、そして周囲の人達から知恵袋の紐をほどいて頂き、工夫もして、様々なことにチャレンジしていきたいと思います。
 終わりに、「愛らんど畑野」の皆さんの「純粋で明るく元気な笑顔」は私にとって、何物にも代え難い栄養剤です。いつまでも元気で入所者達の成長を願い、見守り続けたいと思っております。(転載を終わります)


愛らんど畑野さんの玄関ホールに飾られている写真。2012年4月の歓迎会にて。

繰り返しになりますが、佐渡はもちろん、各地域にはしっかりと芯を持ち、地道に活動されている方がたくさんいらっしゃいます。取材を通して、その方の生き方と向き合うことは私にとってもとてもやり甲斐のあることです。大きな宣伝をうつわけでもなく、テレビや新聞にたくさん出るわけでもなく、人をたくさん集めて講演会を開くわけでもなく。それぞれに与えられた宿命をまっとうするかのごとく生きているのがとても印象的です。取材を重ねる度、私はその姿に日々感動しています。

さて、ゆっくりとではありますが、Vol.006【燕三条編】の準備も少しずつ進んでいます。取材させていただくこちらも、ゆっくりと呼吸を整え、自分の目と耳と手と足を使い、その感性を信じ取材にあたらせていただきたく思います。

2012年11月16日金曜日

「愛らんど畑野だより」佐藤美恵子さん取材にて

新潟市もゆっくりと深まる秋。
0時過ぎに事務所から自転車をこいで帰る時は本当に寒い。赤や黄に染まりその役目を終え、散り行く落ち葉を通り抜け帰路につく。

最近は、新潟市主催の「水と土の芸術祭」のイベントを見に行ったり、北書店で開催された小林章さんのトークライブに行ったりとした。
芸術祭の作品は市内全域に点在しているので、普段だったらまず行かないような所へと私の身体を連れ出す。新潟市の土地の多様さとアートイベントを楽しめる。会期終了まで、あと1ヶ月ちょっと。県外アーティストの視点、市民からの視点などこれからも企画を楽しみたい。どちらに行くにも、子どもをおんぶしながらだったので、足早にかけたり、中座したりでした...。今日もこれから保育園のお迎えです。子育てをしながら働くというのは、そのバランスが難しいですね。世の中の働く子育て世代の方々はやっぱりスゴイ!

話は本題へと。

以前よりブログにも残したいと思っていた記事があったので、今日紹介しようと思います。(「愛らんど畑野だより」第9号 平成15年7月25日発行)にとても印象に残る文章があったのです。佐渡をはじめ地域には、こういったほのかに温かく、芯のある方々の活動が目立ちます。

「土は生活の原点」 所長 渡辺 哲次(当時の所長さんです)

 私は貧乏育ちのため、幼い頃から青年期に至までよく家の手伝いをした。現在のような機械化されていない時であったこともあって、畑仕事・田んぼの仕事・糞尿をくんでのこやしくれ・山への薪とり等何でもした。そして、その時の働いた汗の快感、畑や田の土・泥の感触、中でも田のくろや山すそで食べたにぎりめしのとびっきり旨かったことは、今でも忘れられない。
 私の人間形成の上で、この働いた経験は大きく役立っていると思われる。そして、土に親しみ、土と触れ合うことは、現在でも人の生活の原点であると考えられるのである。ちなみに、普通の会社や学校等で花の飼育・植木鉢での植物栽培を取り入れて、ストレスを静め、精神の安定化を図っていることはその証である。
 この愛らんど畑野では、かなり広い畑を持っている。勿論ここの大きな支援者である佐藤さんのご好意によるものであるが、この畑の仕事を通して、少し汗をかき土に親しむご好意によるものであるが、この畑の仕事を通して、少し汗をかき土に親しむ機会も大事にして、土を原点にした人間形成の成長をも見通していきたいものである。

今年の農耕班の写真(愛らんど畑野さん提供)

2012年11月15日木曜日

ROOMさん、HAPPY LIFE CAFEさん、茶がま市


 以前にフェイスブックで少し書いていたものですが、ブログにもアップして残しておきます。
 「STUDIO+SHOP Room」さんにLIFE-mag.を納品させていただいた時の写真です。

 ひとつひとつの雑貨に「物語」があり、店長の山本優貴子さんからいくつかお話を聞かせていただきました。とてもこだわりの感じられるお店でした。
 Roomさんのある三条市の栄エリアには「HAPPY LIFE CAFE」さんもあります。こちらも様々なイベントを開催されていて、わくわく感たっぷりですw



 また、先月には茶がま市というイベントが三条市の下田エリアのお寺で行われました。2店とも出店されたそうです。他にも、魅力的なお店がたくさん。リンク先の出店表で確認できます。三条エリアを楽しむ道標となるはずです。

2012年11月14日水曜日

2012年11月13日火曜日

晴れ日 秋の収穫祭

 先日、デザイン事務所の「晴れ日」さんの収穫祭に参加させていただきました。

 お客さんや、一緒にお仕事をしている人や、昔一緒に仕事をした人、友人などを誘って20人くらいが集まりました。倉庫を改装した事務所の中で、鍋や天ぷらをいただき、それぞれが持ち寄った「自慢の一品」を楽しみました。




小柳さんからのハガキ
  『LIFE-mag.』再刊前のある日、「晴れ日」の小柳さんを訪ねました。その数日後、私が佐渡取材から帰ってくると、小柳さんからあたたかみの溢れる筆文字で応援のメッセージが書かれたハガキが届いていました。
 文字にも表れているようにあたたかな人柄の小柳さん。収穫祭に参加させていただき、長いキャリアの中でゆっくりと形成されてきた人間関係を垣間見たようで、その温度は私にも伝わってきました。改めて、会社組織の良さや、仕事を一緒にしていく相手との縁などを見た一日でした。

2012年11月12日月曜日

山田愛さん企画、「LIFE-mag.編集人トーク」@Cafe Copocopo

 11月3日(土)のLIFE-mag.「編集人トーク」の集合写真をアップします。


 今回は、大学生の山田 愛さんからの発案で企画されたトークイベントでした。会場はCafe Copocopo(新潟市西区)、参加者は22名でした。



 前半は、私より十歳ほど年下!二十歳の山田さんから発せられる、インタビュー形式で対談が行われました。「こんな活動を始めた小林さんは一体どんな学生時代を過ごしてきたんですか?」、「実際にはどれくらい売れていますか?」、「最初まったく経験・技術なくはじめたのはなぜ?」などを対談。会場からは、「普通、一度辞めたら、再び始めるのは相当に怖いはず。それを越えたのはなぜ?」と質問。

今回の企画者・山田 愛さん

 後半は、ワークショップ形式。参加者同士が3グループに分かれて、それぞれ「自分の目標や夢、大切にしていることは何か?」を記入・発表。そして、それに対して話を広げていくということをやりました。企画した山田さんは「結果的に学生だけでなく、様々な職種、世代の方から参加いただいた。この街にも本当に多様な"LIFE"があることを知った。それを参加者同士も共有できた機会となってよかった」と話していました。

 若い方からの自発的な行動はとても嬉しいです。私も年上の方々にたくさんお世話になってきました。それはもう恩返しなんか出来ないくらいのもので、損得を抜きにしたものでした。いま少なからず私に出来ることは、自分よりまた若い世代が「何か行動を起こしたい」といったときに有無を言わさず協力を申し出ることだと感じています。

ユーストリーム中継を行ってくれた星田くん

美味しい珈琲をいれてくれた渡辺さん
  企画していただいた山田愛さんありがとうございました。会場を貸していただいた「ツルハシブックス~ジブン発掘本屋」の西田さん、高澤さん、今井さん、美味しい珈琲をいれてくれた渡辺さん、ありがとうございました。ユーストリーム中継を行ってくれた星田くんありがとう。そして、参加いただきました皆さま、ありがとうございました。


 懇親会は会場からすぐ近くの定食屋大吉でした。早い、美味い、安いとはこの店のことか。オススメです(笑)

【ユーストリームのアーカイブ】
http://www.ustream.tv/channel/life-mag-%E7%B7%A8%E9%9B%86%E4%BA%BA%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AF

2012年11月10日土曜日

堀文子 「命といふもの」、「無心にして花を尋ね」

LIFE-mag.vol.5で取材させていただいた、佐々木玲子さんの言葉がその後もずっと気になっていた。

「さらに初心に返ってみると大学の担任の堀文子先生にたどり着くんですね。堀先生は現在94歳で、いまでもとてもいい絵を描かれています。82歳でヒマラヤに花をスケッチに行ったり、77歳でアマゾン川、マヤ遺跡、インカ遺跡にスケッチ旅行に出かけたりと、創作に対する情熱をいつまでも絶やさない方です。副担任だった中野嘉之先生も今でも精力的に活動されています。
 自分の恩師は本当に凄いんだなと、私も年を重ねて実感しています。恩師の生き方を通して学んだこと、日本画で培った価値観をガラスの上で表現していきたいです。」(LIFE-mag.vol.5、53p)


佐々木玲子さん取材時にLIFE-mag.撮影

堀文子先生とは、一体どんな方なんだろう、そう思い画集をあたってみることにした。
絵と言葉の力に引き込まれた。生命のエネルギーは、高齢を迎えたいまもなお尽きることなく、その豊穣さは一層増すかのような、印象を受けた。私の余計な解釈よりも、ぜひ堀先生の言葉に耳を澄ませてもらえたらと思う。自分が振り返って読むためにも長くなりますが引用文を記録しておきます。
雑誌『サライ』で連載されたものを『命といふもの』堀文子画集、1・2集(小学館刊)に纏めたものより。



秋田県北西部から青森県南西部にまたがる白神山地を訪ねたさいの言葉

 山を崩し森を伐り自然を壊し続ける日本に、世界が注目する橅の純林がなぜ残ったか。ガイドの方に尋ね、答えに感動した。
 「水気を含む橅は、材木としての価値がありません。それで金にならない橅林は救われたのです」
 美や真理は無駄の中にあり、富とは無縁だと思っている私に自信を与えてくれた言葉だった。役立たずと見捨てられた橅は森に水を貯え、海山の生きものの命の源流だったのだ。

アトリエの庭での梟とのやりとり

 餌を置くと、飛びつきもせずじっと見つめ、「早くお食べ」と急ぐ私には目もくれない。機が熟すと身を躍らせて、目にもとまらぬ間に餌は丸のみにされている。夜の森でたった一人。自力で生き物と対決する猛禽の孤独。軽々しさのない堂々としたこの鳥の姿勢に敬服した。

幼い日々を過ごした、八十年前の前の東京に思いを馳せて

 今、人は経済と効率を求め慾望充足の為の文明に埋もれ、人間が生き物だという事を忘れ、その文明に飼いならされた家畜に変わった。
 不況だと云い乍ら次々に建つ巨大なビル。グルメとブランドに群がる人々。そんな大金の一割をさけば森や草原を作れる筈。車の為の道路は仕方がないが、人の歩く道には土を返して貰いたい。ぬかるまない土位わけなく合成出来る筈だ。草が生えたらなおいい。雨は大地にしみ、酸欠で死にたえた地中の虫達も生命を吹き返すに違いない。土を踏む足は、森で暮らした頃のあの柔らかい感性を呼び戻すだろう。コンクリート詰めにされた人間は自分の脳で考えず、コンピューターの言うなりの無感動、無機質な生き物になり始めた。日本人はわずかの間に壊れて了ったようだ。

街路樹について
 東海道の松並木、日光の杉並木。あの堂々たる姿は、祖先の造った風景だ。
 ブラジル北部、アマゾンの河口の都市ベレンで見たマンゴーの巨木の並木。イタリア、トスカーナのカサマツの並木。ギリシャの白亜の街で見たミモザの街路樹。様々な国を旅して、「風景は思想だ」と私は確信した。風景は自然を取捨選択し、その国の人々が作り上げた作品なのだ。
 表参道の欅、神宮外苑の公孫樹(いちょう)、千鳥ヶ淵の桜...。こんな美しい財産を忘れてはいけない。

日々のニュースに腹を立てることが多くなり、自らを落語の“小言幸兵衛”にたとえて
 母親が吾が子を川に投げ込み、子が親を殺し、叱られた腹いせに家に火をつける中学生。教師も警官も入り乱れての犯罪が、毎日のニュースで知らされる。貧しさや、うらみからのかつての犯罪には、あわれさがあったが、今の人間の犯行は自己中心の無機質なゲームに似て、不気味である。かつて世界の人の心を打った日本人の礼節とつつしみ深い品性は、今はもうない。日本人の崩壊を見つめながら晩年を迎えなければならない私のさだめが、無念でならない。

散り行く、紅葉の葉をみつめながら

 自然は生きた日々の恨みつらみを消し、決して老残の醜さを見せない。死を迎える時の、あの紅葉の華やぎは命の輪廻を讃える神の仕業だと思う。
 無心に生きるものには幸せも不幸せもない。私もやっと、苦しみ傷ついたものの美しさに気付く時が来たようだ。
旬野菜について

 四季の野菜が、一年中溢れている此の頃のマーケット。旬の野菜が出た時のときめくような季節の喜びは、もう日本から消えて了った。母の作る季節の料理は、昔の子供に四季の移りを教えてくれた。土筆や筍は春。枝豆や西瓜を見れば、蝉の鳴く夏の日の暑さが甦り、栗や松茸に会えば、山茶花のこぼれる庭に流れる、焚き火の匂いまでまざまざと浮かぶのだ。
2001年、83歳で解離性動脈瘤で倒れるが奇跡的に治癒。良寛の詩に助けられる

 〈山かげの岩間を伝う苔水のかすかに吾は澄みわたるかも〉

 〈夜もすがら草の庵にわれをれば杉の葉しぬぎ霰降るなり〉

 〈世の中のまじらぬとはにあらねども一人遊びぞ吾はまされる〉

 山中の庵で孤独に徹し、忍び寄る老いを見詰めながら苛立たず、騒がず、素直に運命を受け入れて生きた良寛。柔らかな心情の滲み出た貴重な誌が私を救い、その脱俗の魂が山の苔水のように全身にしみ渡るのを感じて、私は蘇生したのだった。
画集:命といふもの第2集、最後の文章にて

 生涯を共にした気難しい日本画は私に雑念を抑え考える事を教え、抑制と静謐な美を気付かせた。そして無私と集中を叩き込んでくれたのも、古風な日本画であった。

最後に堀文子さんの略歴を。
1918年7月2日、東京都麹町区平河町(現千代田区平河町)に生まれる。
1940年、女子美術専門学校(現女子美術大学)を卒業。作品発表ととともに、記録画、本の挿絵や装丁の仕事に携わる。
1946年、28歳で外交官の箕輪三郎さんと結婚。
1960年、41歳で夫を失う。
1974年、56歳で多摩美術大学教授となる。1999年まで。
1988年、70歳を越えて、イタリア中部郊外の古い町、アレッツオにアトリエをかまえる。その後も、アマゾンの熱帯雨林、メキシコのタスコ、マヤ遺跡を取材旅行。
80歳を越えてもなお、ペルーのインカ文明、ネパールのヒマラヤ山麓に取材旅行を重ねる。