2015年12月12日土曜日

『ひらく美術』の備忘録と「鉢の石仏」で見たもの



こへび隊」の活動をしていた友人から借りた北川フラムさんの『ひらく美術——地域と人間のつながりを取り戻す』(ちくま新書)。取材の移動の合間に読んでいたんですが、後半部を編集室で読みきりました。印象に残った箇所を備忘録として書いておきます。

フラムさんがプロジェクトを考える際や会議の席上で伝えていたこと、

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①アートは明らかに地域の特徴を表すだろう。そのためには、地域をとにかくよく回る。この地域が歴史的、経済的にどう扱われてきたのかをはっきりと摑もう。
②どのような計画が将来活きてくるかはわからない。特に国策のもとにある農業の展望はわからない。しかし農業をするということはベースにしよう。
③少なくとも日々の生活で、心爽やかな思いがのこるようなプロジェクトを行おう。
④半年のあいだ豪雪のなかにいた人びとにとって、集落というコミュニティは絶対的なことだ。そのリアリティを大切にしよう。
⑤プロジェクトの成果は短期的には決して測れない。しかし3年に1回の短期的な評価にはギリギリ応えなくてはならない。
⑥人が来ればいいというものではない。しかし高踏的、専門ジャンルの評価を気にしていては何もやれない。そのベースをどこにとるかが重要だ。(149p.-150p.)
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とくに共感したところは以下です。これからの地域はどうあるべきかという箇所で、

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「本来の地政学的な、地形的・気象的な特質と、地域単位で考えられてきた文化を活かさなければいけない」(161p.)
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いま取材・制作している『LIFE-mag.vol.009【寺泊・弥彦・岩室・巻編】』の問題意識とも通じるものを感じ、(勝手ながら)背中を押されたようにも思いました。この地域は、長岡市の[寺泊]、弥彦村の[弥彦]、新潟市の[岩室]と[巻]です。しかし、地形的には弥彦山系の麓一帯と考えることもできるし、彌彦神社の御祭神が[寺泊]から上陸したこと、御祭神の三世は[巻]福井地区に住まわれたこと、五世は[岩室]樋曽地区に住まわれたという結びつきもあります。そして、中世には「北陸道」として、江戸から明治には「北国街道」として佐渡金山、弥彦詣でや新潟湊を目指す人びとの往来がこの地域にあり、周辺は宿場町としても栄えました。

現在は行政区画も別々で、この地域を一連の流れで取り上げている媒体もすくないようなので、わずかでも(古くて)新鮮な視点を提供できたらなと思っています。はやく発刊しろよという、声なき声も聞こえてくるようですが...、だいぶまとまってきました。もうすこしです。

話を本に戻して。さらに上記の箇所に続く段落で、芸術祭を運営するにあたって「行政」や「政治」と向き合い感じてきた葛藤が記されていました。フラムさんによる、本質をつく指摘だと思いました。日本の各都市・各地域は、米国流のグローバリズムの中で効率化され、実質的な文化単位を失ってきたとした上で、

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それが役所の仕組みになっているし、小選挙区制というおよそ民主主義と相いれない政治と、文化単位でできていない行政単位のなかで柔軟な対応ができなくなっています。単年度決算と年度内予算消化で長期的計画がなくなり、お金の無駄が多くなります。これに、思いつき、選挙の人気取りの予算ばら撒きが重なります。
しかし、志ある人はどんな組織にもいるはずで、私たちは正攻法で、将来のヴィジョンを示し続け、理解できる活動をし続けなければいけないと思います。
(中略)
革命の道筋がない以上、人間の本性の核に語り続け、行政と仕事をし続けることしかありません。そのためのプロフェッショナリズムを持ち続けることしかありません。(161p.-162p.)
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私たちはいま、どんな時代、どんな状況を生きているのか、その視点をクリアにしてくれるような指摘だと思いました。「里山」を舞台に開催される芸術祭を通じてみた、フラムさんの地域論/日本論、おすすめです。

そういえば、2年半前に北書店さん(医学町通・新潟)で開催されたトークを聞きにいったときのメモがありました【こちら】。相変わらずの駄文ですが、参考までに。

以下は、駄文に続き、蛇足です。

絵本と木の実の美術館の玄関に貼ってあったお札

2000年にはじまった「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」、今年は第6回でした。私の暮らす新潟市内からも友人・知人が過去開催会に増して、越後妻有の土地を訪ねたようで、会期中、フェイスブックのタイムラインでずいぶん写真をみた気がします。

私は会期中には訪ねる機会がありませんでしたが、会期前の6月にたまたま家族で十日町に行きました。「絵本と木の実の美術館」に行くと、田島征三さんが偶然いらっしゃっていて、声をかけて記念撮影をしてもらいました。

会期前でしたが、ヤギの入園式?のようなイベントもやっていて大勢の人もいました。

調べたら田島さんの絵本に
でてくる「しずか」でした

その道中に「鉢の石仏」という看板をみつけてしばらく散策。ちょうど息子が『もののけ姫』にハマっていたので、そんな世界を疑似体験したのでした。この美術館がなければ、まず行かないような、芸術祭が導いてくれた場所でした。

江戸中期、大阪のお坊さんがこの地で不思議な「天燈」をみたという

200体ほどの石仏があります

そして、久しぶりに写真を見返したら(!)

伊夜日子大神(!)

あれ! 彌彦神社御祭神の別名・伊夜日子大神とかかれた石像が写っていました。この地にも彌彦神社への信仰があったのでしょうか。