2014年3月15日土曜日

佐渡、熱串彦(阿都久志彦)神社を訪ねて

もう2年弱ほど前になりますが、【佐渡編】を取材するにあたって事前準備をしていました。その時に参考にした本のなかのひとつが司馬遼太郎の『街道をゆく10 羽州街道 佐渡のみち』(朝日文庫)です。

佐渡汽船内で読みました
司馬が佐渡取材へ出たさい案内役となったのが、山本修之助さんと息子の山本修巳さん。LIFE-mag.では修巳さんにインタビューさせていただきました。

同時に梅原猛『日本の霊性』を読んでいても山本家の名前が出てきて、「これはぜひ一度訪ねてみよう」と思ったのがきっかけでした。もちろん何の繋がりもありませんでした。そこで、佐渡市の図書館へ行って山本さんが発行する郷土誌「佐渡郷土文化」の奥付をみて、住所と電話番号を控えて、連絡をとって取材となりました。

前置きが長くなりましたが...

今年2月に、佐渡へ【シネ・ウインド編】の納品回りへ出かけました。そこで、「街道をゆく」にて司馬も訪ねた熱串彦(阿都久志彦)神社に行ってきました。ずっと気になっていたのですが、なぜか行くタイミングをずっと逃していました。

社殿。奥は能舞台。
能舞台完成奉納の演目が貼ってありました
能舞台落成式典の進行表も
つらら
「全体に虚飾がなく、そのくせ姿にほのかな優しさを感じさせるあたり、佐渡の大工の水準の高さを思わせる。社殿の板も柱も、苔に映えていちように蒼寂びている。(街道をゆく10 p,124)」と司馬は書いています。

わたしが行った日は、あたり一帯10センチほどの積雪があり、神社までたどり着くのもやっとでした。人の気配もなく、しばらくひとりでじ〜っとしていました。『日本書紀』の粛慎人(みしはせのひと)、浦の神。江戸期、百姓たちで盛んに行われた能、狂言。司馬が訪ね歩いた佐渡のみち。そして、いまここにある暮らし。

これら佐渡の豊かな時間の流れの中に、わたしも一点の交わりを持ったような思いになりました。

〈補〉
慌ただしい納品回りの後半、佐渡での1泊2日。久々の再会も多く、元気をもらいました。佐渡も燕三条も久しぶりに訪ねると「あぁ、帰ってきたな」という思いが湧き上がり、どこかほっとさせてくれる土地になりました。




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年始からの【シネ・ウインド編】納品回りを一段落させ、会社の決算・申告・納税業務、【日本海編】の後半取材準備、とばたばた時間が過ぎていっています。気づけば3月も折り返し(いまブログを書いているのは15日の0時半)。立ち止まったり、中長期的な視野に立ったり、いまの自分が置かれている状況を客観視する機会もなかなかないな〜、とブログをここまで書いてきて思いました。