2017年11月17日金曜日

南陀楼綾繁『編む人 ちいさな本から生まれたもの』(ビレッジプレス)にインタビュー掲載

編む人

全国各地で本(雑誌)づくりに携わる9人のインタビューを集めた南陀楼綾繁(ナンダロウアヤシゲ)『編む人 ちいさな本から生まれたもの』(ビレッジプレス)にインタビューを掲載していただきました。

掲載順に...、
『ハードスタッフ』の小西昌幸さん、『コミック・マヴォ』の竹熊健太郎さん、『入谷コピー文庫』の堀内恭さん、『プレイガイドジャーナル』の村元武さん、『カタリココ』の大竹昭子さん、『新宿プレイマップ』の本間健彦さん、『雲のうえ』の牧野伊三夫さん、『Life-mag.』小林、『地域雑誌 谷中・根津・千駄木』の山崎範子さんです。

業界の大先輩に挟まれての登場で嬉しくもあり、恐縮でもあります。わたしはルーキー枠で入れてもらいました(たぶん)。

9人に共通するのはマーケティングから逆算(発想)された本(雑誌)ではないということかなと思いました(これは2017年3月に仙台の火星の庭でイベント開催してくれた『インフォーカス』相沢さんがブログに書いていたことですが)。自身の内側からこんこんと湧き上がる好奇心をどうにも押さえ切れない。ええいっ!、、、「やりたいことを やるんだよ!」(帯文)という9人なのかなとも思いました。

そして、各地を歩き、作り手とつながり、同じく内側からこんこんと湧き上がる好奇心を持ってインタビューを重ねてきた南陀楼さんだからこその密度の濃い一冊になっています。

過去に『Life-mag.』も何度か東京の雑誌社の取材を受けたことがあります。それは、メールで主旨説明があり、ワードに書かれた質問状が添付されていて、それに回答して返信してほしいというものでした。

どこかで『Life-mag.』のことを聞いて、知って、取材を依頼してくださったことは大変嬉しく、まだまだ無名の雑誌であり、取材させてもらった人、広告を出してくれた人のことをより多くの読者に届けたいと思い、ほぼ断ることなく対応しています。

ただその質問を読むと、コピペして宛名を変えれば、どの雑誌の人にも聞けるような場合もありました。ある時は、隣県の某雑誌名が書かれた質問状が添付されていました。それでも宛名を無視して、答えようと思えば、そのまま答えられる内容でしたが...。媒体の性格があるので、一概にどちらが良い悪いは言えませんが「うぉ...」と思いました。

話が逸れてきたので、もとに戻します。

『編む人』に掲載されたインタビューは、2016年6月13日に古町のヒッコリースリートラベラーズで行われた「ナンダロウアヤシゲ ミーツ ライフマグ 〜地域雑誌を考える〜」をもとに加筆修正したものです。約20ページ。

しゃべりにまったく自信のないわたしは、その日も大丈夫だったかなぁ...と思ってましたが、終了後に南陀楼さんが「今日のよかったよ。なにかにまとめらるかもだから、録音データあとで送って」と言っていたのを思い出します。こうしてかたちになって嬉しいです。

Life-mag.vol.009【寺泊・弥彦・岩室・巻 編】の制作エピソードを中心に、営業、納品回りのことや創刊前後のことをなどを話しています。印刷代、広告費、取扱店舗数、発行部数からその時どのくらい出荷したかまで答えています。

創刊号の頃、町のキーマンのような人とまったくつながりがなかったことを話しています。この町ではどんな人がどんなつながりがあって活動しているのか、まったくわかりませんでした。誰を頼って、面白い人に辿り着けるのかもわかりませんでした。

では、どうするか。

わたしにできたのは歩くことでした。

創刊号で、お寺の住職にインタビューしたいと思い、頼ったのはグーグルマップです。当時住んでいたのは鳥屋野。グーグルマップで「お寺」と検索して、ピンの刺さったところから順番にインターホンを押して歩いていったエピソードも出ています。

これに関連して最近、思い出したことがひとつ。

『編む人』のインタビュー原稿を校正している前後で「成宮アイコ『あなたとわたしのドキュメンタリー』刊行記念トークin北書店」に参加しました。その時、北書店の佐藤さんがパンクスだった頃の話に触発されて思い出したことがあります。

創刊号の頃、新潟の音楽家をだれか取材したい。でも、どこでどんな人たちが活動しているかもわからない。誰に聞けば、そういう人とつながれるのかもわかりませんでした。

そこでわたしは古町地区にあるゲイングラウンドや新潟駅前にあったリスキードラッグストアに行って、「あのぉ、すみません。これからライフマグっていう雑誌を作るんですけど、そこで新潟のミュージシャンを取材したいんです。最近、お薦めのバンドとかいませんか」と聞いていました。

当時、25歳。取材のやり方もまったくわからない若造の唐突な問いかけでしたが、両店ともにバンド名をいくつかあげてくれたり、店頭にあったサンプルCDを持たせてくれたりしました。(佐藤さんに聞いたらリスキーの前身はUKエジソンというCDショップだったそうです。)

懐かしくもあり、ほんといろんな人にお世話になりながら、どうにかやってきたんだなと思いました。

それから最近、新潟日報で南陀楼さんの文章がいくつか出ていたので紹介します。

新潟日報おとなプラス

2017年11月10日付け新潟日報「おとなプラス」では本の街、神田神保町の形成にかかわった長岡出身者の足跡を追った記事が出ています。「博文館」の大橋佐平、「酒井書店(一誠堂)」の酒井宇吉、「弘文荘」の反町茂雄らが登場。

新潟日報おとなプラス

さらに2017年10月30日付け新潟日報朝刊には読書週間に合わせて、本を読む喜びについてのエッセイが掲載されています。共同通信の配信記事だそうです。夏葉社から復刊された『埴原一亟 古本小説集』に自身を重ねての文章。

本や雑誌、それを作ること、届けることに心底惚れ込んでいる南陀楼さんだからこその1冊であり、記事です。

『編む人』、ぜひ書店で手に取っていただけたら幸いです。

2017年11月15日水曜日

「ローカルマガジン展 地域と文化をつなぐメディアⅡ」に出展

ローカルマガジン展チラシ

2017年10月19日〜12月26日まで、新宿にあるリビングデザインセンターOZONEで開催されている「ローカルマガジン展 地域と文化をつなぐメディアⅡ」にLife-mag.も出展しています。語尾だけ言い換えると「るらしいです。」。昨日、知りました...。

「個性ゆたかなローカルメディアを通して地域の多様性を知り、生活文化が育まれる「場」を見直してみます。」とのこと。各地の地域誌と並べていただき光栄です。どんな空間になっているのでしょうか。わたしも近かったら行ってみたかったな。お近くの方はぜひのぞいてみてください。

12月17日15:00〜は、秋田のフリーマガジン『のんびり』の編集長などで知られる藤本智士さんを招いて「ローカルメディアの魅力とまちづくりとの関係性を考え」るトークイベントも行われるようです。

トークチラシ

ちなみに藤本さんは、11月26日に新潟市の北書店で、燕市のツバメコーヒー店主・田中さんともトークをするようです! そういえば、ツバメコーヒーさんで『のんびり』を1部もらってきたことがありました。


こちらも気になります!

2017年11月12日日曜日

「燕三条 工場の祭典」の耕場へ

先月10月5日〜8日まで燕三条地域を中心に「燕三条 工場の祭典」が開催されていました。各種メディアで報じられ、SNSでの発信を目にした方も多いのではないでしょうか。期間中の来場者は約53,000人だったそうです。その後、工場の祭典の取り組みが、ドイツのレッドドットデザイン賞を受賞するなど、いまだにその余波が続いています。



イベント後も公式フェイスブックでは情報の発信が続いていて、同地域のイベント情報、企業情報を見ることができます。

燕三条 工場の祭典facebook
https://www.facebook.com/koubafes

わたしは最終日の8日に1ヶ所だけ行くことができました。その日は1日子守りの日。朝イチ、近所のお寺の住職が代わるということで、稚児行列に子ども2人を連れて参列。その後、工場の祭典の参加「耕場(こうば)」のひとつである「本町そ菜出荷組合」さんのハウスへ行きました。次号Life-mag.vol.010【西蒲原の農家 編】では同組合から近藤圭介さんに登場いただく予定です。

以下に写真を3枚。

収穫体験

ハウス

受付

自宅でも祖母が畑をやっていますが、大型ハウスはまた迷路のようで子どもも楽しかったようです。収穫後はハウスのすぐ隣にある日ノ宮神社で1時間ほど遊ばせてから帰りました。夜、自分で収穫したキュウリを「はやく食べた〜い」とバリバリ食べていました。空きっ腹にキュウリだけ食い過ぎて、その後、「お腹いた〜い」と言ってましたが(笑)。良い経験になったようです。

次号Life-mag.では、きゅうりの生産の流れ、本町そ菜出荷組合としての品質向上の取り組みなどを伺いました。近藤さんが語ってくれた最後の一言も良かったです。

乞うご期待。

北方文化博物館での『ENZAの屋根裏縁日』のお知らせ

チラシ

新潟で出版、編集、ワークショップなどの活動を行うブリコールのお二人がこれまでの活動で知り合ってきた職人の「手から生み出された品々」を集めた『ENZAの屋根裏縁日』が新潟市江南区の北方文化博物館で行われます。藁・竹細工、焼物、木工、農産物などが展示販売されるなかに、Life-mag.も加えていただきました。

日 時:2017年11月23日(木・)~26日()10:00~19:00
会 場:北方文化博物館 屋根裏ギャラリー(新潟市江南区沢海2-15-25)
入 場:無料
詳 細:http://bricole.jp/ennichi/

北方文化博物館は通常17:00までの営業ですが、展示会中はちょうど紅葉のライトアップが行われ19:00まで営業しているそうです。こちらは入館料800円ですが、17:30〜は学芸員による「回遊式庭園巡り」の解説もあります。

北方文化博物館webより

この絶景です。何度か行ったことがありますが、再度館内にも入ってみたいです。わたしは行けるとしたら23日かな。日中は取材があるので、夕方のライトアップを狙おうかなと計画中です。

桾沢さんご夫婦は同世代で同じく新潟で出版活動も行っていることから、いつもいい刺激をもらっています。過去にこのブログで紹介した3冊の本もお二人の仕事です。

ブリコール『うつろうもの のこるもの』
http://life-mag-interview.blogspot.jp/2016/12/bricole.html

斉藤文夫『昭和の記憶 新潟 海の村 山の村』(ブリコール編集)
http://life-mag-interview.blogspot.jp/2017/06/blog-post_13.html

中村正紀『明日への伝言』(ブリコール編集)
http://life-mag-interview.blogspot.jp/2017/08/blog-post_30.html

また、Life-mag.次号では、ブリコールが岩室温泉小鍛冶屋2階で企画する「ギャラリー室礼」や「土着ワークショップ」「ENZA」の活動を振り返って寄稿してもらいました。小鍛冶屋は「やさいのへや」の会場です。(この展示会に次号が間に合えばよかったんだけど...、桾沢さんごめんなさい!)

竹かご

蛇足。

今回の展示会では竹細工の出品もいくつかあるようですが、わたしも竹細工を日常的に使っています。上の写真のものは佐渡の相川で買った竹かごで、自宅に戻ると財布、携帯、時計をこの竹かごに入れて棚に置いています。すぼらなので、こうして決めておくと「アウッ!ない!」と探さなくていいです。

今回もついなかにか買ってしまいそうだな...。

近くの方も遠方からも、ぜひお出かけください。

2017年11月10日金曜日

Life-mag.vol.010【西蒲原の農家 編】広告募集と制作支援カンパのお願い3「やさいのへやの様子」

近刊予定のLife-mag.vol.010【西蒲原の農家 編】の制作のまとめを続けています。制作支援のカンパも引き続き募集しています。

[詳細]http://life-mag-interview.blogspot.jp/2017/10/life-magvol010_31.html
[受付]http://lifemag.thebase.in/

今日の午前中は次号で掲載予定の絵馬を撮影するため、燕市の粟生津小学校へ行ってきました。2度目の訪問で、前回は手持ちで撮影しましたが、今日は三脚を持っていきました。撮影場所が思ったより暗くて...。

さてさて本題へ。以下は10月24日の「やさいのへや」の様子です。この日のテーマは「柿」で、本誌でも掲載予定の岸本さん、五十嵐さんが担当でした。

生産者の岸本さんから解説

お客さんと生産者さんの近さに自然と会話も

岸本さんは農家になる前は教員でしたが、農作物を育てることと、子どもたちに教えること、そこにはある共通する喜びがあったそうです。本誌で書きましたが、印象的な言葉でした。


この日のお膳

越王おけさ柿のステーキ、柿と生ハムサラダ、にしんの煮しめ、新米コシヒカリ、かけな汁、柿の味噌漬け、柿、柿茶、、、と柿づくしでした。茶碗をぱっと見た五十嵐さんが、「ご飯おかわりしてよ〜!」ともう一杯よそってくれました。お腹いっぱいでしたが、身体と気持ちは軽かったです。


岡村翼くん

この日はいわむろやのインターン生で、シンガーソングライターの岡村翼くんもボーイさんとして手伝っていました。最後は歌の披露も。翼くんには本誌でレシピページの取材・を担当してもらいました。

翼くんの活動はこちら:http://tsubasaokamura.weebly.com/

やさいのへや入口

交差点「岩室」に面した古民家小鍛冶屋が会場

会場の古民家・小鍛冶屋は普段はレストランとして営業しています。
web:http://daidoco.net/kokajiya/
また2階は、ギャラリー室礼として古書や器が販売されています。
web:http://shitsurai.bricole.jp/
やさいのへや当日でなくても、初冬の岩室温泉街をぶらりと歩いてみるのもおすすめです。

やさいのへやは、年内はあと3回。11月14日は「寄居かぶ」。かつて新潟市中央区の寄居地区で栽培されていた在来種の野菜です。11月28日は「越後もちぶた、イチョウ豆」、12月12日は「りゅうのひげ(菊)」です。

申込・詳細はやさいのへや
web:https://yasainoheya.jimdo.com/

2017年10月31日火曜日

Life-mag.vol.010【西蒲原の農家 編】広告募集と制作支援カンパのお願い2

西蒲区竹野町の柿畑

先日、アップした「Life-mag.vol.010【西蒲原の農家編】広告募集と制作支援カンパのお願い」に続けて、掲載予定の農家さんを紹介します。

今回の号は新潟市岩室観光施設いわむろやの館長・小倉壮平さんから依頼をいただいたことから、恊働での制作がはじまりました。小倉さんは、野菜ソムリエの山岸拓真さんとともに岩室温泉の小鍛冶屋で「やさいのへや」という農家交流レストランを月2回、6年に渡って開催してきました。開催回数はすでに100回以上です。

各回、その時季に旬の野菜・果樹をひとつのテーマに決めて、実際に生産している農家さんに来てもらい、調理、提供、そしてお客さんとの交流を図っています。今回誌面に登場いただくのも、その活動に参加している農家さんが中心です。

掲載予定農家さんは以下です。

イチジク|渡辺 直樹さん|南区西萱場
ビオレソリエス|笹川 千代子さん|西蒲区赤鏥
豚・ハーブ|川上 敏子さん|西蒲区富岡
米・古代米|渋木 美佐子さん|燕市溝古新
牛乳・ジェラート|後藤 敏子さん|西蒲区角田浜(カーブドッチ内)
大根からし巻|岩崎 修さん|西蒲区松野尾
キウイフルーツ|永塚 薫さん|西蒲区潟浦新
柿|岸本 洋子さん|西蒲区仁
りゅうのひげ|八百板 惠子さん|西蒲区岩室温泉(いわむろや)

主催者側の思いとしてお二人に〈寄稿〉してもらいました。
「農家さんの声を届けて 人生を豊かにする食事」|山岸 拓真さん(やさいのへやプロデューサー)
「西蒲原の食と人を結ぶ場所」|小倉 壮平さん(やさいのへや主催者)

「農家料理のレシピ」として5品の紹介ページも設けました。
「ちまき」「きりあえ」「ししとう味噌」「干しかぶの煮物」「だんご汁」です。この記事は、Life-mag.編集見習いの村山 亜紗美さん、いわむろやインターン生でありシンガーソングライターの岡村 翼くんに取材・撮影してもらいました。料理手順だけでなく、その料理が地域のどんな背景のなかで作られてきたのかも取材してもらいました。

大きくは以上です。

さらに、もうひとつ寄稿文とLife-mag.の独自取材の原稿もありますが、また追って紹介できたらと思います。細かい点の補足取材、全体を通しての誌面デザイン・調整、広告の募集と制作、表紙の作り込み、編集後記など細かい作業を続けています。いつものことですが、書き出してみるといろいろありますね...。

広告の募集と制作支援カンパをもうすこし続けたいところです。SNSでのシェア、リツートだけでもたいへんありがたいです。どうぞよろしくお願いいたします。

2017年10月29日日曜日

高田の四季、ライター業界の先輩と

10月上旬、新潟日報「おとなプラス」に外部ライターとして参加している業界の先輩方にお声がけいただき、親睦会に参加してきました。外部ライター、といっても長岡、柏崎、佐渡、東京など県内外から参加しているため今回はおもに越後線沿線の在住者で集まりました。わたしは岩室駅から電車で先輩ライターさん宅へ。

料理がどれも美味しい...

チーズやピクルスも

先輩ライターさんが料理を振る舞ってくれました。ほんとどれも美味しかった。飲み物は各自持ってきてね、ということだったので、わたしが持参したのはこちら。

杜氏潤平

宮崎県日南市の小玉醸造の芋焼酎「杜氏潤平」。いつもLife-mag.の取り扱いでお世話になっている西蒲区鷲ノ木の長谷川屋で購入。あと他の方にもなにか手土産になるものをと思い、同じくLife-mag.の取り扱いでお世話になっている岩室温泉の角屋にて金鍔(きんつば)を購入。美味しい料理と酒をいただきながら、先輩方の話に耳を傾けひと時を過ごしました。

さてさて、ひとつ紹介。

この映像は先輩ライターの古俣慎吾さんによる高田地域で歌い継がれている愛唱歌「高田の四季」です。



古俣さんは、東京で長く大手出版社の仕事をしていた(る)方です。いまは内野と東京を行き来しながらライターの仕事をしています。「おとなプラス」では県内各地の「歌」をひとつのテーマにしていて、2017年9月30日付では「高田の四季」をテーマに寄稿されていました。

高田の四季

「高田の四季」は1945年秋に旧制高田中学校(現高田高校)で誕生。高田高校の生徒が卒業後に、高田の仲町など夜の街で歌ったことから、広く市民の間でも歌われるようになっていったそうです。

古俣さんはすこし前に「四季の新潟」という歌も記事にしていて、そちらは新潟市の古町で芸妓らが歌っていたのを、旧制新潟高校の六花寮の寮生が、町で遊んで覚えて帰り学生たちも歌うようになったそう。

高田と新潟で歌の広がり方が反対であることから、その背景を調べに取材へ。

まちづくり団体の代表者やその同級生、レコード店の元店主やアレンジをしたギタリスト、ヱスビーガーリック食品の元社長、現在の高校を訪ね副校長や教員にも取材。タクシーに乗れば運転手からもコメントをもらっています。

「高田の四季」は当時の旧制高田中の教頭が地理・歴史の教員だった町田太郎さんに頼んで作詞・作曲されたそうです。敗戦で落ち込んでいる生徒を元気づけるように、高田の四季や情景が歌い込まれました。

先の映像で古俣さんが歌っているのは1番です。

高田の春は爛漫と
古城を包む春がすみ
ああ この地 我等が故郷
頸城平の緑を越えて
虹がかかるよ 妙高山に

紙面では、古俣さんは歌詞に出てくる場所にも取材に行っています。さすが、とことん歩いて取材してるなぁと...。取材エピソードなどを聞かせてもらいました。

越後線終電

さて、帰りはまた越後線で帰路へ。終電ぎりぎりだったので、後片付けも手伝わずに帰ってきてしまった。

2017年10月27日金曜日

八海山尊神社火渡大祭へ

火渡大祭

2017年10月20日に南魚沼市の八海山尊神社で行われた火渡大祭に行ってきました。10月18日付新潟日報「おとなプラス」で取材した縁もあったので。

午前中ギリギリまで仕事をしてから出発。到着すると12時を過ぎて、神社の近くの駐車場はすべて満車。神社から下ってきた大崎集落内の畑脇の農道に誘導され、そこから歩いて神社へ。

この火渡りは約200年前に八海山を山岳信仰の霊場として中興開祖した泰賢によってはじめられた行者(修験者)が行う修行のひとつです。火にはツミ、トガ、ケガレを浄化する意味があるとのこと。

魚沼地域の講をはじめ、長岡市、新潟市、関東圏の講など多くの人が集まっていました。修行の一環ではありますが、出店も多く、すぐ近くの国際大学の生徒も多く来ていて多国籍なお祭りムードも。

祝詞を上げ、般若心経を唱えると、杉の葉に火がつけられました。するとなぜか風がこちらの方向に吹き、わたしのいた周辺の人たちはみな煙の中へ。

前が見えない。咳き込む人も...

よく浄化できたかな。
以下に会場の様子を何枚か。

会場の様子1

会場の様子2

会場の様子3

会場の様子4

会場の様子5

会場の様子6

取材でお世話になった金内文男さん

行者や各講の方々が渡り終わった後に、わたしも火渡りをしてきました。歩く道は灰になって温度も下がった場所ですが、左右はまだ火が小さくついていて思った以上に熱風が強かったです。最初に渡った先達の方たちはけっこう熱かったんじゃないだろうか。泣きながら渡っている子どももいましたが、たしかに熱い。そもそも「安全・安心」云々ではなく、修行ですからね。

蛇足ですが、新潟のBSN放送で明日10月28日10:30〜11:00にこの八海山の火渡りが特集されるそうです。都合がつけばぜひどうぞ。

BSNで火渡祭特集







2017年10月25日水曜日

新潟日報『おとなプラス』角田山の成り立ち、糸魚川塩の道、雲母温泉と雲母神社、奥只見から尾瀬、おててこ舞、八海山の山岳信仰

引き続き、新潟日報社が発行する『おとなプラス』に寄稿しています。2016年11月の創刊から間もなく1年、計11本を担当しました。

県内各地を歩いて、見聞を広めながらの取材を続けています。ただ実際のところは、いまだについていくのが精一杯で、下駄を履かせてもらい、どうにか名前を連ねているような状況です。読まれた方がなにか面白いと思うようなことがあれば、それはすべて『おとなプラス』編集部のお力添えだと思って間違いありません。

担当した紙面をこのブログで3月に紹介しましたが、それ以降に担当した紙面をまた紹介したいと思います。だいぶ時間がたってしまいましたが、もしも興味のあるテーマがあれば、県内のNIC、または新潟日報社に問い合わせて買うことができると思います。1部60円。また、県内の方であれば、朝刊と夕刊(おとなプラス)のセットで3,980円/月で購読できます。


角田山

3月24日は「角田山の成り立ちと自然」。Life-mag.【寺泊・弥彦・岩室・巻 編】の取材中に角田山の成り立ちは海底火山の噴火によるものだ、ということを知りましたが、詳しいことは取材できませんでした。自身の関心の延長もあり、このテーマを掘り下げてみようと思いました。

地質や地震を研究している新潟大学理学部准教授の久保田善裕さんに成り立ちを伺いました。1面に使った写真は、角田岬灯台付近の岩場です。これは海底火山が噴火した際に流れ出た溶岩で、約800万年前から約1300万年前のものだそうです。人類の誕生が約500万年前なので、角田山の歴史がいかに長いか...。その後、山として隆起してきたのは、約15万年前の地殻変動をともなった地震だそうです。

久保田さんには面識はありませんでしたが、新潟の地質を研究している先生が新潟大学にひとりくらいはいるだろうと思い、新大のウェブから研究者と研究内容をひとりひとり調べていき、久保田さんに辿り着きました。他、角田山を題材に絵本を作った鈴木義則さん、「角田山花の会」の藤田久さん、『弥彦・角田山系の樹木』を編集した長島義介さんに話を伺いました。


塩の道

4月19日は「塩の道 糸魚川から小谷へ」。1年前に別件の外注仕事で糸魚川を訪ねる機会があり、なにか糸魚川から題材を見つけてみたいなと思っていました。

「長い歴史のなかで人がどのようにして道を開き、そしてそれが、すべてにわたってじつは海につながる道であったということを反省して、私は深い感銘を覚える」と記した宮本常一の『塩の道』という1冊を手がかりに取材を進めました。

塩の道は、海岸部の糸魚川から山間の信州へと塩や海産物が運ばれた古道です。上越郷土研究会の土田孝雄さん、糸魚川街道塩の道を歩む会の山岸寛幸さん、塩の道資料館のスタッフの方に話を伺いました。糸魚川の縄文遺跡から信州産の石が出土していたり、逆に糸魚川のヒスイで作られた玉類が信州で見つかっていることなど、交易の道として歴史の深さに魅せられました。

土田さんは、2月の秋山郷取材でお世話になった津南町教育委員会の学芸員・佐藤雅一さんに紹介していただきました。ありがとうございました。また土田さんは2月26日付新潟日報にて岡本雅享著『出雲を原郷とする人たち』(藤原書店)の評者として名前を拝見していたので、なおお会いしてみたかった方でした。


雲母温泉

5月29日は関川村の「雲母温泉と雲母神社」。Life-mag.【秋田・山形・新潟・富山・石川=日本海 編 〜日本海を結んで考える、地域の未来とは〜】の取材時、新潟から山形に入るのに国道113線、関川村雲母を通っていました。その度に「雲母(きら)?」「ん〜、怪しい」「なんだこの地名は」とずっと思っていました。その語源や集落の歴史など、いつか探ってみたいと。

そして昨年から継続中のLife-mag.【粟島編】の取材で粟島に通っていると、粟島の教育委員会の方が前、関川村にいたとのことで、関川村の副村長佐藤忠良さんを紹介していただきました。あと、粟島の地名にもアイヌ語と思われるものが残っていることから、もしかすると「雲母」も!? と思いましたが、粟島の地名を含め留意が必要そうです。

関川村雲母は、電化製品の絶縁体などに使われる鉱物の雲母の産出にちなむとする説と、傾斜地の「ひら(坂)」、谷あいを表す「き(割)」が変化したものなど諸説あるようです。荒川の氾濫に翻弄されてきた雲母温泉の歴史、男根像を祀り珍スポットとしても知られる雲母神社の沿革なども取材しました。

1面の写真は温泉橋から荒川とその奥に朳差岳を撮ったものです。雲母の地をよく現しているポイントかなと思い、あたりを歩き回って撮影しました。後日、取材でお世話になった旅館寿荘の伊藤泰雄さんから「雪渓がよく出てる。宿に飾りたいから写真送って」と電話をもらったのも嬉しかったです。


尾瀬

8月2日は「奥只見から行く尾瀬」。これは新潟県の広域地図を眺めながら、山や川、地名や地形などからその土地土地に妄想旅行をしながらテーマを見つけました。

魚沼市観光協会が主催している「ネイチャーガイドと行く尾瀬」という日帰りツアーに参加し、奥只見湖の歴史や尾瀬沼の自然などを取材しました。集合時間が早いこともあり、前日入りして民宿「伝之助小屋」に宿泊。実はこの宿はかつては奥只見湖の湖底に沈んだ沢沿いにあったそうで、写真を見せてもらいながら昔の話を聞くことができました。地図を見ながらなんとなく予約した宿でしたが、運がよかった(ほっ...)。ここは釣り客や登山客の拠点となっている民宿のようで、深田久弥や開高健も来たことがあるそうです。

行ってみて知りましたが、尾瀬沼を水源とする只見川は、新潟と福島の県境を北へと流れ、福島県喜多方市で阿賀川に合流する阿賀野川水系になるんですね。高層湿原の尾瀬と阿賀野川、そして日本海がつながっていると思うとなお興味深く、さらにそこから立ち上がってくるテーマを見つけてみたいなと思いました。


おててこ舞

9月11日は「おててこ舞、根知山寺の延年」。4月に糸魚川に行った際に前出の土田さんが「おててこ舞もすごいぞ〜」と言っていた、その言葉の〈響き〉が妙に頭に残ってたので。きっと面白いという勘が働いて。

糸魚川市根知の山寺集落に伝わる根知山寺の延年、通称おててこ舞を取材しました。400〜500年前に京都から伝わったとされる伝統行事で、国の重要無形文化財に指定されています。祭りの舞台となる日吉神社の宮司も真言宗・金蔵院の住職も参加し、神仏習合のかたちをいまに伝える祭りでもあります。

現地にとくに知り合いはいなかったので、事前に電話で取材を申し込み、当日行ってから挨拶をして、取材させていただきました。2日間に渡って行われた祭りに密着しました。いつか雨飾山に登って、根知男山を呑み、麓の温泉につかってみたいです。


八海山

ふぅ...、やっと今月分に追いつきましたね。

10月18日は「八海山の山岳信仰」。このテーマも新潟県の地図を眺めながら、山や川、地名や地形を読みながら妄想旅行をして、ビビッときた八海山にしました。八海山と言えば...、「日本酒!」「スキー!」とくる方がほとんどだと思いますが、ここは山岳信仰の霊場でもあります。

八海山尊神社の宮司・山田泰利さん、八海山で30年以上に渡って修行を積む先達の金内文男さん、八海山を山岳信仰の霊場として中興開祖した普寛と泰賢が出会い修行をしたお寺の満願寺住職の栗田満栄さん、大崎口登山道入口にある宮野屋の米山茂春さんなどに話を伺いました。

取材では、麓から中腹まで、ロープウェイを使って山頂までと2回八海山に登りました。1回目、八海山尊神社での取材を終えて、午後からすこし登ってみようと思いました。その前に腹ごしらえ、とたまたま寄ったお店が宮野屋です。漫画『岳』を読みながら蕎麦を待ち、ふと顔をあげ店内の壁を見ると古い写真がありました。「う〜む...、これは怪しい」と思うも、どうやら人気店のようでお客が次から次へとやってきて、店員さんに話しかけられる状況ではないと、あきらめ登山へ。4時間後、下山してくると客足も引いていて、話を聞かせてもらいました。わたしはめちゃくちゃ汗だくだったので臭かっただろうな。

以上です。
未使用カットもたくさんありますが、今回はこのへんで。関わらせてもらって1年。これまでを振り返ると以下のようなテーマで寄稿してきました。

「粟島の島祭り」(2016年11月7日)
「国上山と良寛」(11月30日)
「山北の食文化」(12月21日)
「高柳町門出の鳥追い」(2017年1月18日)
「秋山郷と鈴木牧之」(2月16日)
「角田山の成り立ちと自然」(3月24日)
「塩の道 糸魚川から小谷へ」(4月19日)
「雲母温泉と雲母神社」(5月29日)
「奥只見から行く尾瀬」(8月2日)
「おててこ舞、根知山寺の延年」(9月11日)
「八海山の山岳信仰」(10月18日)

Life-mag.でもそうですが、ひとつ取材を進めるとそれがまた次の関心を呼び寄せ、取材でいただいた出会いやご縁がまた次の一歩を指し示してくれます。たとえ口座残高が尽きようとも、好奇心だけは尽きることがありません。・・・、でもやっぱり残高が気になるな〜。ふひぃ。

デスクの方や新潟日報の記者、他のライターの方々には学ぶべきことが多く、ついていくのが精一杯ですが、どうにかこうにかついていきたいところです。取材でお世話になった方々、あらためてありがとうございました。どこかでお会いしましたらどうぞよろしくお願いいたします。

2017年10月22日日曜日

成宮アイコ『あなたとわたしのドキュメンタリー』刊行記念トークin北書店

ライブの様子

2017年10月21日19:00〜、北書店で開催された成宮アイコ『あなたとわたしのドキュメンタリー』刊行記念トーク&ライブに参加してきました。

チラシ

1部の「新潟を愛する100の方法」に北書店の佐藤さんと一緒に出させてもらいました。それぞれどんな青春期を過ごしたか、それが本屋/雑誌社へとつながっていった経緯などを話しました。

2部の「ぶっちゃけ生きづらい地方都市」では月乃さん、ちひろさんが自身の〈生きづらさ〉をネタに昇華しながら軽妙なトークを。最後、来場者からの深刻な質問にはアイコちゃんも真摯に応える場面がありました。

最後のminiLIVEの映像を撮ったのでアップしました。



お客さんもまた、鬱病をはじめ様々な〈生きづらさ〉を抱えながらライブに来ているようでした。問題が解決するわけではない、でもどうにか今日もこらえて生きられそうだ、そんな風に心の支えになるトークとライブだったと思います。

会場準備中、「準備を早く終わらせて安心したいよ〜」とこぼすアイコちゃんに対し、佐藤さんは「安心なんてするわけないじゃん。おれもうずっと安心したことないぞ」と(笑)。

アイコちゃんがイベント前に(中にも)「佐藤さんはあんなに無愛想なのに、なぜこれほどいろんな人に愛されるのだろう。悔しい。でも自分もそうなりたいんだと気づいてからは、大好きになった」と言っていました。

イベントを通じてアイコちゃんなりにその答えを持ち帰ったんだと思いますが、今回、わたしはあらためてこんなことを感じました。

イベント後、店内の詩コーナーの棚を眺めていると葛原りょうさんの詩集がささっていました。葛原さんは2015年10月にアイコちゃんとともに北書店でライブをした詩人です。2年後も、そっと本棚に揃えておく。そういうことができるから多くの人を惹き付けるのかなと。

トーク中にも佐藤さんは「北光社時代、郷土本のコーナーも作ってたけど、新潟日報事業社や考古堂などの本を揃えるのはもちろんだけど、それだけじゃなく、有名な作家でも新潟を訪ねて文章を残して本になってることってあるわけじゃん。司馬遼太郎が亀田を訪ねてたりとか。そういうのを集めてきて棚を作ることで求心力が生まれてくると思う」と答えていました。

人と町と本を結んで、その関係をつぶさに拾い集めて作ったのが北書店の棚なのかなと思いました。「今、売れてます!」「今、話題!」の本ももちろん少しは...ありますが。ほか学校町のあの場所にあったコインランドリーで過ごした時間、パンクスだったころの話など、初めて聞くこともありました。

声をかけてくれたアイコちゃん、来場の皆様、ありがとうございました。

いま、八方塞がりで、どうにも生きづらいと思っているあなた。それがもう何年も続いていて、これから何年続くんだよと思っているあなた。この日、壇上にいたアイコちゃん、北書店の佐藤さん、月乃さん、ちひろさん、いかしさん、ライフマグ小林の話(それぞれの経験、思い、失敗)が、すべてを解決する突破口にはならぬとも、また一歩を踏み出すときの足がかりになり、もうすべてを手放したいと思ったときの命綱になればなと願ってます。アイコちゃんはそういう言葉と場所をずっと作り続けているんだよね。わたしはメインストリームにはなれないかもしれませんが、雑誌づくりを通じてカウンターカルチャーを示し続けていきたいと、あらためて思いました。

以下にイベントの日に撮った写真をアップしておきます。

葛原りょう『魂の場所』

開場の様子

開場とともに多くのお客さんが。約40人ほどで店内はぎゅうぎゅうに。

以下はイベント前に寄った場所、周辺を歩いて撮ったものです。

西区寺尾西のにむらや菓子舗で開催されていた「自然への感謝、畏敬」崔石鎬(チェ・ソクホ)展へ。展示会を主催した越前浜在住の美術家・中村文治さんから案内があって。

作品「高野山」

どら焼きを食べながら中村さんとすこし話を

にむらやのイートインコーナーでは中学生くらいの女子二人が和菓子を食べながらお茶をしていた。地元の和菓子屋で茶飲んでだべるのってなんかいいなと思った。女将さんには「あなたどっかで会ったことあるよね!」と言われたが、お互い思い出せず...。

その後、中央区東出来島の二代目アートサロン環で開催されていた霜田文子ボックスアート展のトークへ。霜田さんは取り扱いでお世話になっている柏崎の「游文舎」の運営スタッフのひとり。卵をモチーフに様々なイメージが正方形の木型のなかで作品に。「これだけいろんなイメージをよく形にできますね」と言うと「イメージは溢れてくるのでそれは大変じゃないの」と。

アートサロン環入口

郵便物を出すのに新潟中郵便局へ向かうと古町通りから地鳴りのような歓声が聞こえ、ちらっとのぞくと。

痛車イベントが

17時過ぎ、いったん会場入りして設営をすこし手伝い。まだ時間があったので、町を歩くことに。

写真展フライヤー

西堀前通りの家具店アパートメントで開催されていた写真展「ARTMENT」へ。新潟を代表する若手写真家4人による展示会。4階の会場に足を踏み入れると、DJの音楽、飲食ブース、あまりのシャレオツ空間に「うぁ、おれ場違いだ」と一瞬たじろぐ。それでも恐る恐る会場へ。あたりを見回してもどうやら知り合いはいない。そそくさと帰ろうか...いや、ここで引いてしまうのは違うと、よくわかない開拓者精神を発揮。ジントニックを1杯頼んで、それをゆっくり飲みながら4人の写真をじっくり2周。だめだ、これ以上ゆっくりできない。あと5杯くらい飲めば、もすこし陽気になって誰かと話せるかもしれないと思ったが、そんな勇気もない。いや、そもそもイベント出演前だ。1杯目のジントニックを飲み干して、退散。あとでフライヤーをみたらたまたまオープニングレセプションの時間だったようだ。

いずみ湯

まだ少し時間があったので本町通の鳥の歌でなにか食べようかと行ってみるもシャッターが下りていた。6月のトーク時に寄ろうと思ったいずみ湯は開いていた。おばあさんが一人、若者が二人入っていった。

白山神社

イベントの盛況を祈って白山神社で参拝。

市役所前バス亭

市役所脇を通ると阿賀町行きのバスが出ているのを知る。こんなに温泉あるのか。飛鳥で飯をと思ったがここも開いてなかった。北書店からすぐのセーブオンで軽食でも買うかと思って向かうもなぜかレジに7人くらい並んでいた。店員は1人。やめた。ほどよく歩き疲れて会場へ、イベントに参加した。